東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)123号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点が存するかどうかについて検討する。
1 成立について争いのない甲第二号証の二、第五号証、第九号証によれば、本願明細書の特許請求の範囲には、前示当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおりのこと(事実摘示第二の二参照)が記載されており、これによれば、本願発明は右のとおりのことを要旨とするものであると認められるところ、ここに「四塩化珪素と水素との混合物を、フエロシリコンの存在で、同時に反応平衡からの塩化水素を反応させながら反応させることを特徴とするシリコクロロホルムの製法」とは、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に照らせば、四塩化珪素と水素との混合物を、
Sio Cl4+H2→SiH Cl3+HCl
の反応式によつてシリコクロロホルムを生成させる反応を、フエロシリコンの存在下において行い、その際、フエロシリコンを塩化水素と反応させて前記反応式をシリコクロロホルムの生成する側に進行させることを特徴とするシリコクロロホルムの製法を意味するものと解することができ、本願発明においては、フエロシリコンは「塩化水素結合媒体」として使用され、四塩化珪素と水素との反応が進行するにつれ、副生する塩化水素と反応して消耗することにより、四塩化珪素と水素との反応をシリコクロロホルムの生成する側に進行させるとの技術思想に基づいて使用されているものと認められる。
2 ところで、成立について争いのない甲第一二号証(第三引用例)には、「珪素塩化物の還元」題下に、四塩化珪素と水素とを一対一〇のモル比に混合して純粋なシリコン線の存在する室を摂氏一一〇〇度の温度において通過させたところ、四塩化珪素の約一一・五%がシリコンとしてシリコン線上に沈積し、約一五%がシリコクロロホルムに還元されたこと、還元室から出たガス混合物を二酸化炭素浴中で冷却して大部分の四塩化珪素及びシリコクロロホルムを分離するとともに、該ガス混合物中の水素及び塩化水素は放出し、更に分離した未反応塩化物は水素と所望のモル比に混合して還元を繰り返したことが記載されており、ここに未反応塩化物について還元を繰り返したというのは、還元室から出たガス混合物から分離した四塩化珪素及びシリコクロロホルムを更に水素と所望のモル比に混合して還元室に戻して還元反応させ、シリコン線上にシリコンを沈積させる反応に供したことを意味するものと解されるから、第三引用例の発明においては、還元室内に配置されたシリコン線は、専ら生成したシリコンをその上に沈積(析出)させるための手段として用いられているものであり、シリコン線上にシリコンが沈積したことが記載されている以外にはなんら該シリコン線ないしその上に沈積したシリコンの作用について触れるところのない第三引用例の記載からは、還元室内のシリコン線及びその上に沈積したシリコンが、シリコンやシリコクロロホルムの生成反応について、他にいかなる作用を有するかについてはなんら開示するところはないものというべきである。確かに、第三引用例の発明においては、前認定のとおり、その反応に際しシリコクロロホルムが生成し、塩化水素も副生するものであるところ、右発明においてシリコン線及びその上に沈積したシリコンが副生した塩化水素と全く反応していないと断ずることはできず、且つ、シリコンが塩化水素と反応性を有する物質であることが明らかであるとしても、第三引用例に接する当業者は、この発明における純粋なシリコン線は、生成したシリコンを沈積させるための手段として用いられていると認識するのが通常であり、それ以上に純粋なシリコン線あるいはその上に析出したシリコンがシリコクロロホルムを生成させる側に反応平衡を進行させる役割を果たしているということまでを容易に読み取るとすることはできない。
してみれば、第三引用例には、本願発明におけるように四塩化珪素と水素との反応に際してフエロシリコンを副生する塩化水素と結合媒体として使用するとの技術思想は開示も示唆もされていないというべきである。
3 審決は、更に、「第一引用例記載の発明によれば、四塩化珪素と水素との混合ガスの反応に際し、反応生成物に亜鉛蒸気を導入すると、副生塩化水素がそれと反応して除かれることが示され」ているとして、このことをも、本願発明のように塩化水素結合媒体としてフエロシリコンを用いるようにすることは容易であるとすることの根拠としている。しかしながら、成立について争いのない甲第一〇号証(第一引用例)には、四塩化珪素と水素との混合ガスを反応させてシリコンを生成する方法に関し、亜鉛蒸気を副生した塩化水素と反応させることが記載されてはいるが、該亜鉛蒸気は、シリコン沈積炉から排出された排ガス中の塩化水素と反応して水素を生成させ、この水素を再び四塩化珪素との反応に利用しようというものであつて、第一引用例の発明における亜鉛蒸気は、その存在下に四塩化珪素と水素との混合物を反応させ、亜鉛蒸気をその際副生する塩化水素の結合媒体として利用して反応平衡を所望の方向に進行させるというものではないから、これをもつて本願発明におけるフエロシリコンを塩化水素結合媒体として利用する技術思想が示唆されているとすることの根拠とすることはできない。
4 以上のとおりであつて、審決が本願発明のようにフエロシリコンを塩化水素結合媒体として使用することは容易に想到できるとした判断は、審決指摘の引用例の記載や技術常識をもつてしてはこれを正当なものとして是認することはできず、右の判断を前提に本願発明をもつて第一ないし第四引用例記載の発明に基づいて容易に推考できるものとした審決は、取消事由に関するその余の主張について判断するまでもなく判断を誤つた違法なものとして取消しを免れないものというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
四塩化珪素(Si0Cl4)と水素(H2)との混合物を塩化水素(HoCl)結合媒体の存在で高めた温度で反応させることによりシリコクロロホルム(SiH0Cl3)を製造するにあたり、四塩化珪素と水素との一対一~一対三の割合の混合物を、フエロシリコンの存在で、摂氏七〇〇~一四〇〇度の温度で、同時に反応平衡からの塩化水素を反応させながら反応させることを特徴とするシリコクロロホルムの製法。